中国当局による
チベット大虐殺を断固糾弾する
中国は北京五輪を目前にして、ついにその凶悪非道な本性を露呈するに至った。
3月10日よりラサ市内および他のチベット各地で開催されたチベット人による平和的デモ行進が、大規模な殺戮、残虐な弾圧、中国当局によるチベット人の拘束という事態へと発展した。デモは一掃され、80名以上が死亡し数千人が逮捕拘束された。
過去49年間にわたり、毎年3月10日に平和的に行われてきたチベット人によるデモ行進であったが、今回は北京五輪を控えた中国当局が過剰な反応を示し、通常の平和的なデモ行進に対して一方的に発砲を加え、無差別虐殺を行ったのである。
チベット三大寺院であるセラ寺、デプン寺、ガンデン寺は軍事封鎖され、地域一帯に外出禁止令が敷かれ、戒厳状態にある。依然として軍は、街道にいたチベット人たちにも発砲するなど、無差別な弾圧を続けている。
これは、武力で学生や市民を鎮圧した89年6月の天安門事件を遙かに上回る規模での蛮行であり、自由世界に対する宣戦布告であると言って過言ではない。
今回のチベットにおける所謂「暴動」は、過去49年にわたる中国のチベット人に対する人権弾圧、文化破壊に起因する。
1959年3月10日、弱冠23歳のダライラマ法王は、中国側から中国軍キャンプでの観劇会に招待された。これを罠だと考えたチベット民衆約3万人は、法王の宮殿を取り囲み、護衛無しで宮殿を出る事のないように法王に訴えた。これが「平和蜂起記念日」の由来である。生命の危険を感じた法王が3月16日にインドに亡命すると、19日に中国軍による一斉攻撃が始まり、チベットは完全に中国の支配下に入れられた。チベット人に対する虐殺はこの時から始まった。
チベットにとってこの49年は、血塗られた49年であった。
ダライラマ法王およびチベット人は、一貫して対話と非暴力によって問題を解決しようと努めてきた。しかしながら中国当局は常に武力を以てこれらに応えてきた。
とりわけ89年3月のラサの虐殺事件は記憶に新しいが、この時にチベット自治区共産党書記として戒厳令を布告し、虐殺を指揮していたのが現在の国家主席・胡錦涛である。この時の功績が評価され、胡錦涛は3年後には中央政治局入りすることになる。
今回のチベット虐殺が、胡錦涛の直接指令によるものである事は疑う余地がない。

16日、中国チベット自治区ラサの市街地を走る装甲車。香港のテレビ局が撮影
それにも増して糾弾しなければならないのが、日本の大手マスメディアの対応である。
チベット虐殺に関しては、まるで報道規制がかけられたかのように、中国に対して遠慮がちにしか取り扱わない。北京五輪の放映権が剥奪されるのを恐れて、あるいは入国拒否される事を懸念しての事であろうか。
そのようなマスメディアこそ、自由社会の敵であると知らねばならない。
自由と人権が侵害されている様子を見て見ぬ振りをするならば、マスメディアもまた自由と人権の抑圧に加担している事になるのだ。
自由と人権が抑圧された社会とは、すなわち、自由や人権の侵害を見て見ぬ振りをする人々の社会に他ならない。誰も異議を唱えない社会こそ、抑圧社会なのである。
これは国際社会においても同じである。
わが国が独立国家であるのならば、自由と人権を抑圧する国に対して断固抗議しなければならない。
わが国政府は、中国政府に対し、速やかな武力弾圧の停止と、人権を尊重しつつ事態を収拾する事を強く求めるべきである。
相手が胡錦涛であればそれも無理だろうが、その場合は、胡錦涛の訪日拒否と、国際調査団のチベットへの派遣、さらには北京五輪のボイコットをも視野に入れて、断固たる対応をとらなければならない。
そうした毅然たる外交こそが、自由世界のリーダーの一員としての日本の国際的役割なのであり、そうした自覚の無い内閣であれば、即刻総辞職を求めるべきであろう。
[2008.3.20]