北京オリンピックのボイコットを!

第2回

人道よりも利益を優先して良いのか



 中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)は、「党の指導」すなわち共産党の一党独裁体制を強化するための場となっている。

 今回の全人代は3月5日から開かれたが、北京五輪を目前にしていることもあり、世界中が胡錦涛政権の姿勢について注目していた。

 江沢民時代から党理論工作の中心的存在となってきた李君如・中央党校副校長(政協委員)は、民主化のタイムテーブルを尋ねた外国記者団にこう話した。
「20年、40年、60年でも共産党の指導は続くと思う」
「党理論にいくら新しい成果が積み重ねられても、独裁の根幹は揺るがない」

 また、共産党の分科会で地方幹部は次のように発言した。
「社会が安定している複数政党制国家は多くはない。タイやパキスタンのように選挙のたびに天地がひっくり返る騒ぎになる」
「外国人は、何十年も政治の安定を保つ中国に敬服している」
「今の政治制度は中国の国情に合っている」

 さらに、「民主諸党派」と呼ばれる各団体の指導者は記者会見を開き、「共産党の指導」支持を表明した。共産党以外の団体も、単なる共産党の翼賛団体に過ぎず、民主とは程遠いものである。

 中国政府が1989年6月の天安門事件で民主化運動を武力で弾圧して以降、90年代からは民主化運動は中国内外で急速に衰退した。

 当初中国当局は、魏京生や方励之、王丹のように西側諸国で有名な反体制派を国外に追放する一方、さほど知られていない指導者は逮捕して厳罰に処していた。その際、運動の中で重要な役割を担った関係者を特定し、「安全保障を脅かした」とか「国家機密を漏洩した」などと、大抵の場合は「外国勢力の手先」という罪状を捏造して告発するのが常套手段であった。

 しかし、そうした「外国勢力の手先」と訴える方法は大した効果が無かった為、21世紀に入ると、諸外国に中国の「政治的安定」をアピールし、「中国は民主化しない方が良い」というプロパガンダを発するようになった。

 すなわち、中国は経済成長を最優先している為、経済成長には政治的安定こそが最も必要であり、また中国の政治的安定は中国と経済交流をしている諸外国にとっても利益になるという論理である。

 このように、対外向けには「政治的安定」の大義名分を強調する事で、独裁を正当化するのが、現在の中国の民主化弾圧の手法である。そして経済関係を優先する米国など西側諸国も、そうした中国の論理に相乗りしているのが現状である。

 一昨年、オーストラリアの軍系統のシンクタンクは、「中国が民主化すると大衆扇動型の指導者が出てきて、反米・反日感情やナショナリズムを扇動する傾向が強まり、何をしでかすか分からない国に変質する恐れがある。オーストラリアやアジア諸国にとっては、今の共産党独裁体制の中国の方が、国家としての行動パターンが分かりやすいので良い」とする分析書を発表した。

 オーストラリア戦略政策研究所が発表したこの分析書によると、中国経済の発展は輸出が基盤であり、世界との関係を悪化させることは自国経済を自滅させるので、中国政府がすすんで海外と敵対する政策を採ることはあり得ない。だが、民主化によって国内政治が不安定になった場合は、外国との敵対関係を煽り、ナショナリズムを扇動することで、指導力を維持しようとする政治家が現れる可能性がある、と分析書は予測している。

 今や、欧米のシンクタンクに中国人が入り込んでいるが、このオーストラリア戦略政策研究所などは、完全に中国の術中に嵌ってしまっていると言えよう。

 このようにして、欧米諸国で根を張ろうとしていた中国亡命者による民主化運動は、次々と骨抜きにされてしまっているのである。

 さらに、民主化運動や民族独立運動を弾圧したい中国にとっては、米国で勃発した「9・11」は、まさに天佑とも呼ぶべき都合の良い事態となった。

「9・11」を契機に、ブッシュ大統領は「テロとの戦争」を宣言し、治安を強化するとともに、アフガンやイラクに戦争を仕掛けた。

 そうした国際的な反テロの風潮の高まりの中で、中国は東トルキスタン問題に絡めて一連の反テロ法を制定し、民主化運動弾圧・少数民族弾圧の為に反テロ法を用いるようになった。

 中国当局は、「十数年来、東トルキスタンのテロリストは中国の新疆地区で合計260件ぐらいのテロ事件を起し、死者160人、負傷者440人も出している」とし、「テロ活動に致命的な打撃を与える為」と称して反テロ法による弾圧を開始した。

 このように「9・11」以降は、「反テロ」の大義名分の下、対米協調路線と民主化運動弾圧・少数民族弾圧政策とが矛盾しない状況が生まれたのである。

 ブッシュ大統領の唱える「テロとの戦争」という大義は諸刃の剣であり、使う側次第ではジェノサイドが引き起こされる危険性を孕んでいる。

 今回のチベット大虐殺にしても、中国当局が「チベットにおけるテロとの戦いだ」と主張すれば、米国はそれに対して抗議する論理を持ち得ない。

 事実、ブッシュ政権は一貫して中国の「内政」に対しては全く干渉しない立場を取っている。中国当局によるチベットやウイグルに対する少数民族弾圧に対しても、米国が中国を非難する事は無くなった。

 また米国にとっては、中国との経済交流によって得られる利益を優先したいという思惑もある。

 そのため、ヨーロッパ各国では北京五輪ボイコットの声が上がっているにもかかわらず、ブッシュ政権は北京五輪ボイコットについては極めて消極的である。

 こうした、人道よりも利益を優先するブッシュ政権の態度は糾弾に値しよう。1980年には民主党のカーター政権でさえ、ソ連のアフガン侵略に抗議してモスクワ五輪をボイコットしたのである。

 今後、米国の唱える「正義」など誰も信じないであろう。

 福田内閣は米国の方針に従い、人道よりも利益を優先させるようである。

 高村外相は3月18日の記者会見で「北京五輪のボイコットは一切無い」と言い放ち、「北京五輪は成功裏にやってもらいたいと日本政府は考えている」とラブコールまで送る始末である。

 そればかりか高村外相は、同じ記者会見でチベット問題について質問された際、「中国は乱暴なことはしていない、と国際社会が分かるようにした方がいい」などと中国に向けたアドバイスとも取れる発言までしているのである。中国当局が無抵抗の市民を100人以上も虐殺している事実を知った上での発言だとすれば、外相として由々しき問題発言であり、大臣の辞任に相当する重大問題と言える。大手マスコミがこの高村発言を取り沙汰しないのは、北京五輪の放映権を剥奪されたくない為であろうか。

 ともあれ日本政府および外務省は、今回のチベット事件を契機に、中国との付き合い方を根本から考え直さなくてはならない。もはや経済交流などは二の次である。

 政治的自由の無い国には、経済的自由も存在せず、真の経済発展もあり得ないという事を知らなければならない。

 中華人民共和国は、建国以来一度も国民が民主的な選挙を行った事の無い国である。

 現在の中国経済の特徴とも言える粗悪品の濫造は、かつてソ連の社会主義経済において見られた特徴と全く同じである。

 国家が経済を主導している体制は、自由経済でも資本主義経済でもなく、開発独裁に分類される。

 国家主導による強引な経済成長は必ず破綻する運命にあり、開発独裁の国々が経済政策に失敗すれば、民主革命によって独裁政権が倒されてきたのが過去の歴史であった(イランのパーレビ政権やフィリピンのマルコス政権など)。

 したがって自由諸国は、「政治的安定」という美名に惑わされず、自由の無い国を国際経済のパートナーとして選ぶ事はやめた方が良いのである。

 むしろ、より良い将来の対中関係を見据えるならば、中国の民主化を促進すべく反体制勢力を積極的に支援してゆく事こそが必要だと言えよう。

                             [2008.3.30]